赤坂真理『東京プリズン』

 読了日2014/08/16。

 この小説の主題の一つは「通訳」(翻訳)である。「天皇の戦争責任」についてディベートをするよう求められた主人公は、英文資料を通じて近代史を探る中で「歴史用語が、私たちに手渡された時点で翻訳語であり、いろんな意味が落とされたり別の意味を帯びてしまったりしている」と気づく。「日本国民」「侵略戦争」「A級戦犯」といった歴史用語や憲法の条文は英語から日本語への翻訳であり、言語間で異なるニュアンスを持つ。そして過去を示す語意が異なる以上、共通の認識に基づいた議論は成立しないのではないか、というギャップに直面する。

 その問題は、最終的に「天皇」という存在に行き着く。西洋的な主体を指し示すのがIという言葉であり、その世界観は「Iがいなければゼロな世界」である。だが天皇は空っぽの「器」に似た存在で「主体はなく、あれも自分であり、これも自分である」。だからIという「英語の体感でとらえがた」く「西洋的なIになるのは難しい」。結末で主人公は天皇自身が語ったかも知れない言葉を「通訳」という意識で言い放つ。そのように言語化しないまま戦争を忘却したことで、却って今でも私達は戦争に囚われているのだと示すように。