感想

映画「タクシー・ドライバー」「キング・オブ・コメディ」

映画「ジョーカー」に影響を与えたマーティン・スコセッシ監督・ロバート・デニーロ主演の「タクシー・ドライバー」(1976)「キング・オブ・コメディ」(1982)を立て続けに見た。 極言すれば、両作に共通するのは、鬱屈した感情を抱く主人公が、現状打破の…

映画「JOKER」:誰にも愛されなかった男

以下盛大にネタばれする。 US版予告は、ある“ストーリー”の予感を見る者に抱かせようとしている。 00:16~母の世話をするコメディアン志望の青年が、00:25~周囲の悪意に翻弄され、00:39~静かに怒りを溜め込んでいた。00:46~そんな貧しい生活にもささや…

“町の本屋さん”の存在価値

『東洋経済新報』2018年9月30日、中村陽子氏の記事「札幌の小さな本屋が見せた大きな「奇跡」 くすみ書房のオヤジが残したもの」より。 くすみ書房は札幌市内にあった、“町の本屋さん”という呼び方がぴったりの書店。二代目店主の久住邦晴氏は、経営不振による…

敗戦の日に:ホミ・バーバ「ナラティヴの権利」

「世界市民」「コスモポリタン」という言葉は、ともすればどこにも地に足のついていない空理空論の立場として揶揄的に扱われることがあるのだが、バーバは地域性・特殊性を切り捨てることなく、しかも同時に市民・人権といった概念が切り開いた普遍的・共訳…

東京オリンピックと戦時下日本の共通性

文春オンライン2018/07/31の辻田真佐憲氏の記事「「暑さはチャンス」なぜ東京オリンピックは「太平洋戦争化」してしまうのか?」より。 猛暑の日本列島で、東京オリンピックはいよいよ「太平洋戦争化」しつつある。五輪組織委員会の森喜朗会長は、インタビュ…

山代巴編『この世界の片隅で』

広島市在住の高雄きくえ氏による「『この世界の片隅に』閉じこめられる日常」(『WOMEN'S DEMOCRATIC JOURNAL femin』2017/7/15)より。高雄氏は、広島で「ひろしま女性学研究所」を運営しているフェミニストである。 つながる/ひろがる/フェミ・ジャーナ…

レヴィ=ストロース「世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう。」

通勤途中の坂道で、珍しい鳥の鳴き声を聞いた。今まで聞いたこともないような張のある声で、残念ながら種類までは分からなかったが、季節の移り変わりを感じた。帰宅後、歳時記を繰ってみたが、やはり分からない。「早春に平地で囀り始め、気温の上昇にとも…

ハンナ・アレント『人間の条件』

難解を以て鳴るハンナ・アレントの主著。現在ではドイツ語版に基づく『活動的生』も翻訳されており、先に出された英語版に著者自身が手を加えただけあって、かなり表現が分かりやすくなっているらしいが、今回は従来のちくま学芸文庫版による。活動的生作者:…

佐川光晴『牛を屠る』

この本を読み始めたきっかけは一本のテレビ番組である。 くまもと県民テレビ(KKT)製作で、日本民間放送連盟賞優秀賞も受賞した「現場発!第41回 “いのち”を伝える 元食肉解体作業員の挑戦」がそれだ。ここで登場する元作業員の坂本義喜さんは、現在は各地の…

白石嘉治「「もの自体」へ」(『図書新聞』2018・1・20)

実践 日々のアナキズム――世界に抗う土着の秩序の作り方作者: ジェームズ・C.スコット,清水展,日下渉,中溝和弥出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2017/09/29メディア: 単行本この商品を含むブログ (3件) を見る ジェームズ・C・スコット『実践 日々のアナキズ…

「カズオ・イシグロ 文学白熱教室」

ノーベル文学賞受賞に合わせて再放送されたのを見ることができた。 この記事は削除されました |NHK_PR|NHKオンライン 最初にイシグロは「私達はなぜ小説を読むのか」「自分はなぜ小説を書くのか」という、小説の存在意義を問いかけ、6つのテーマに沿って…

香月泰男「1945」「私のシベリヤ」

辺見庸『1★9★3★7』で引用されていた香月泰男の文章「私のシベリヤ」が収められた立花隆『シベリア鎮魂歌―香月泰男の世界』を手に入れた。 1969年、当時29歳だった著者が、58歳の香月の元へ足繁く通い、生い立ちから応召、シベリヤ抑留、帰国までを聞き取…

ダグラス・スミス『憲法は、政府に対する命令である。』

日本国憲法施行70年に当たる今年の5月1日、安倍晋三首相は「この節目の年に必ずや歴史的な一歩を踏み出す」と宣言し、改憲に向けての具体的な行動を起こす姿勢を見せた*1。周知のように自民党は、2012年に日本国憲法改正草案を発表しており、首相も最高顧問…

徳永直「追憶」震災下の流言と虐殺

先日(4/24)触れた中島氏の文章は、熊本地震より前に書かれたものである。この時、関東大震災時と同じ醜悪なデマが出回ったことは、私達の社会に根深く巣食う排外主義を改めて意識させた(幸い現地でこのデマに動かされた人はあまりいなかったように思う。…

中島京子「戦前という時代」

『朝日新聞』2014年8月8日より。適宜省略した。 私は、準備中の短編小説のために、戦後まもないころの出版物をあれこれ調べていて、プロレタリア作家・徳永直の「追憶」という文章に出くわした。「文藝春秋」1946年11月号に掲載されたその随筆は、敗戦…

鷲田清一「折々のことば」692

こうの史代『この世界の片隅に』の登場人物のセリフから引用の後、筆者は続ける。 気がつけば、時代は悪いほう、悪いほうへと流されている。それに抗うのは難しい。が、それ以前にそれに気づくのはさらに難しい。日々の暮らしの中に生まれる些細な変化、そこ…

星野智幸「文学に政治を持ち込め!」(『図書新聞』)

小説家・星野智幸が青山ブックセンターで行ったトークイベントの記事が『図書新聞』2016年12月10日に掲載されていた。過去の読書記録を見ると、2006年に『ロンリー・ハーツ・キラー』読んでいた。当時まとめた作品の概要と感想を、多少改めて掲載する。 内容…

「社会性」についてのメモ

古い読書記録から。 ひとは異なった共同体に同時に住むことは大いにあり得る。であるとすれば、ひとの主体的立場は単一に決定されているのではなく、多重に決定されているはずである。ひとは、娘であり、母であり、隣人であり、買い手であり、あるいは教師で…

伊勢崎賢治『本当の戦争の話をしよう』

筆者は建築家を目指して早稲田大学建築学科に進んだが、スラム街の建物に心惹かれてインドへ留学したことがきっかけでソーシャルワークの道に入り、NGOでスラム住民の居住権獲得運動を組織した。その後、内戦の激化したアフリカのシエラレオネの武装解除…

塚本晋也監督「野火 Fires on the Plain」

本作は昨年の公開時から気になっていたものの見逃していた。去る18日にDenkikanでリバイバル上映会があり、塚本監督のトークショーも併せて行われるというので、万難を排して見に行った。 映画「野火 Fires on the Plain」オフィシャルサイト 塚本晋也監督…

NHK「九軍神〜残された家族の空白〜」

NHKで真珠湾攻撃で戦死した「九軍神」の遺族のその後にスポットを当てた、興味深いドキュメンタリーをやっていた。以下は番組紹介のHPより。 http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/1614/1077207/index.html 「九軍神」とは、昭和16年12月8日の真珠湾…

加藤周一「それでもお前は日本人か」

加藤周一『夕陽妄語』で紹介されているエピソード。加藤は戦時中の日本を振り返って次のように言う。 昔一九三〇年代の末から四五年まで、日本国では人を罵るのに、「それでもお前は日本人か」と言うことが流行っていた。「それでも」の「それ」は、相手の言…

戦後70年談話の歴史語り

去る8月14日に安倍首相による総理大臣談話が出された。閣議決定された「総理大臣談話」は、個人的見解を述べた「総理大臣の談話」と異なり、日本政府の公式見解として内閣が変わっても引き継がれるものという*1。つまり戦後70年談話は、単に日本政府の見解…

樋口陽一『個人と国家――今なぜ立憲主義か』

個人と国家 ―今なぜ立憲主義か (集英社新書)作者: 樋口陽一出版社/メーカー: 集英社発売日: 2000/11/17メディア: 新書購入: 2人 クリック: 17回この商品を含むブログ (27件) を見る 2000年に刊行された本書は、現在の私達にとって多くの示唆に富む指摘を含ん…

戦争を個人の出来事に取り戻す

大岡昇平『レイテ戦記』が戦争を「兵士」の視線で描くことに徹しているという先日の感想を書いた後、それを補足するような西谷修へのインタビューを見つけたので、ここに紹介する。IWJ Independent Web Journal 2015.4.27から。 「自由」と「戦争」をめぐっ…

戦争を語る文体――大岡昇平『レイテ戦記』

大岡昇平『レイテ戦記』を読んだが、単なる事実の羅列ではなく、戦争を文学において捉えるための一貫した方法意識に貫かれているのに驚いた。 それは簡単にいえば「兵士」の目線で戦争を書くということである。自作を語った「『レイテ戦記』の意図」(『大岡…

断続的な自己

宇野邦一『反歴史論』は、第1章「反歴史との対話」で小林秀雄、レヴィ・ストロース、柳田国男などの客観的歴史に疑義を呈した人々の系譜を取り上げている。さらに第2章「無意識・映画・存在論」、第3章「歴史のカタストロフ」ではハイデガー、バタイユ、…

戦争と認識されなかった戦争が「泥沼化」を招いた

満州事変から日中戦争に至る経緯を調べていて、下記の記述にぶつかった。文中の橋川とは橋川文三のことだ。 多くの日本人にとっての戦争とは、あくまで故国から遠く離れた場所で起こる事件と認識されていた(中略)橋川はいう。考えてみれば、三七年七月に勃…

国民の「生命」を守るという大義名分を掲げない侵略や戦争があるだろうか

加藤前掲書によれば、満蒙について「国民的生存」のため必要であるとする議論は、1929年の世界恐慌で現実味を帯びるようになった。前満鉄副総裁・松岡洋右が「満蒙は我国の生命線である」と主張したのは1931年である。 それに先立つ1914年、中国学者の内藤湖…

酒井直樹・西谷修『増補〈世界史〉の解体』

人文学(ヒューマニティーズ)と人類学(アントロポロジー)の違い 西谷 「フマニタス」というのは「人間性」とも訳されますが、いわゆる「人間」を指す言葉なわけで、それに対して「アントロポロス」と呼ばれるのはその「フマニタス」によって発見された存…