「ラフカディオ・ハーン顕彰作品コンクール」と山田太一のドラマ

  熊本八雲会主催の「ラフカディオ・ハーン顕彰作品コンクール」表彰式が熊本大学構内の五高記念館で行われた。知人が受賞したので参加する。五高記念館も初めてなので見学してきた。
ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)顕彰 作品コンクール | 八雲会 | The Hearn Society:小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の研究・顕彰

  参加者には出品作品を掲載した小冊子が配られるなど力が入っていた。会場の復元教室は、外の暖かさにも関わらず、石造りのひんやりした空気が満ちており、ハーン在校の当時を忍ばせた。NHKドラマ「坂の上の雲」の海軍学校のロケもここで行われた由。黒板には撮影時に再現された板書が、そのまま残されていた。
  表彰の後、記念ミニ講演として、ハーンの孫に当たる稲垣明男氏の「身内から見たハーン」というお話があった。80歳とは思えないお元気な様子で、「自分は口から生まれてきました」などユーモアを交えてお話しされた。退職されてからは、ハーンに関する逸話を伝えたり、小学校で童話の朗読などの活動をされているという。いわば現代の“語り部”の仕事だろう。
  印象に残ったのは、一つは「稲むらの火」のエピソード。これをハーンが英訳したというのは知らなかった。
稲むらの火 - Wikipedia
  もう一つは、ハーンの次男に当たる氏の父親・稲垣巌のこと。彼は英語教師でハーンの著作"Lectures on Shakespeare"の編者となっている。
国立国会図書館オンライン | National Diet Library Online
  この本の中でハーンは、シェイクスピアの多くの作品がオリジナルでなく、出典を持つことを丹念に追っているというのだが、それはハーン自身にも言えるのではないか、というお話だった。


日本の面影―ラフカディオ・ハーンの世界 (岩波現代文庫)

日本の面影―ラフカディオ・ハーンの世界 (岩波現代文庫)

  これを機会に山田太一『日本の面影 ラフカディオ・ハーンの世界』を読了する。1984年にNHKで放映されたテレビドラマの脚本である。物語は1884年万国博覧会の開かれるニューオーリンズから始まる。文明化(近代化)の展示見本ともいえる万国博覧会。だがハーンが心惹かれるのは、市井の片隅での幽霊事件である。このニューオーリンズで、日本から派遣されてきた服部一三との出会いがあるが、彼によるハーンの第一印象は「周囲の賑わいとは別の世界にいるような、孤独な姿」だったと語られる。ここには、アメリカで居場所のなかったハーンの異人性が示されているのだろう。彼自身、「ヨーロッパの人間より、たとえば混血の人々や南の島の人々に心をひかれる。合理的なものより幽霊とかに心をひかれる」と言う。
  そんな彼が、日本から次第に失われていくものに目を向け、ペンの力で形に表そうとする。両親に捨てられ西洋社会で孤独だった彼は、日本で家族と居場所を得た。だが当時の日本は、西洋列強に肩を並べるため、自然を恐れるつつましやかさや利他心を切り捨て、合理主義と利己心の支配する国になろうとしていた。熊本五高の英語科主任・佐久間(演じるは伊丹十三!)との会話の場面。

ハーン「単純、温和、親切、丁寧、子供のように疑いのない信仰、それらを失って、日本は、どんどん平凡な、どこにでもいるような、つまらない民族になろうとしています」
佐久間「やむを得ませんな。西欧の強い国家に追いつくには、そうそう単純で温和というわけにはいきません」
  (中略)
ハーン「西洋で落後した人間は、駄目な人間でしょうか? 私は、今の西洋から落後した人間の中にこそ、素晴らしいものがあると思う」
佐久間「ハーン先生。あなたの趣味につき合ってる暇は、日本にはないのです。多少人間がカサカサしてきても、今さら日本は、ひき返すことはできんのです。近代国家として力をつけ、列強の植民地になることをはね返して行かねばならんのです」

  ハーンは理解者である服部に「日本は、見る見る微笑を忘れて行くようです」と書き送る。帝大講師になった彼は、もう一人の理解者・西田千太郎の死を踏まえて、まさに富国強兵の担い手となる学生たちに次のように語る。

君たちは、独立自尊をよく口にする。しかし人は果たして自分ひとりで、よく独立を保てるだろうか? 沼に沈まんとする人間が、自分の髪をひっぱって、沈むことを止め得るであろうか? 西田さんは、よき自立は、よき相互依存によらなければならないことを教えてくれました。よき友人を持つことの大切さを教えてくれました。

  ドラマは、ハーンの死が日露戦争の始まった年ということに象徴的な意味を持たせている。彼の予言通り、その後日本は「強い国々の圧力に我慢ができず勝ちめのない戦争をはじめてしまう」ことになった。
『日本の面影』 ― 小泉八雲のNHKドラマ CASABLANCA in the Valley/ウェブリブログ
↑上記ブログで、ドラマのキャプチャー画面が見られます。ジョージ・チャキリス扮するハーンの面影も。