異界の義経――古浄瑠璃「義経地獄破」から平野耕太『ドリフターズ』まで

ドリフターズ 3 (ヤングキングコミックス)

ドリフターズ 3 (ヤングキングコミックス)

  平野耕太の漫画『ドリフターズ』は、志半ばで不慮の死を遂げたり消息不明になった古今東西の英雄豪傑、あるいは妖人魔人達が、エルフやドラゴンの生きるファンタジーの世界に連れ込まれ、何者かの大いなる計画のもと、複数の陣営に分かれて争い合うという物語である。
  主人公は関ヶ原の退却戦で落命としたと伝えられる島津豊久と、織田信長那須与一の三人である。現在彼らは、国父と呼ばれる人物(アドルフ・ヒトラー)が作り上げた亜人種(エルフやドワーフなど)に差別的な大帝国オルテに反旗を翻し、やがてこの世界の天下を取ろうとしている。
  他にも「黒王」と称される謎の首領に率いられた軍団がオルテに反逆しており、ここには土方歳三ジャンヌ・ダルクら、主に非業の死を遂げた英雄達が与している。
  豊久達は「漂流物(ドリフターズ)」と呼ばれ、生前(?)の知識をこの世界に持ち込み、その仕組みを変えようとしている。一方、黒王側は「廃棄物(エンズ)」と呼ばれ、それぞれ異能を持つ代わり、生前の憎悪に囚われている。
  さらにドリフターズとエンズの背後には、「紫」と「EASY」と称する超越的な存在が関わっており、どうやらこの世界は彼らのゲームの舞台となっているらしい。

  歴史を対抗する二大勢力の戦いに見立てた点では、E・E・スミス「レンズマン・シリーズ」の『三惑星連合』や、永井豪『黒の獅子』を連想させ、英雄達の集結という点では、豊田有恒スペースオペラ大戦争」を思わせる。
  そしてまた「時代は違うけど、○○と××を戦わせたら面白いのでは?」という発想は、娯楽作品の基本的な発想の一つにあるのではないかと思う。
  ここで注目したいのは、『ドリフターズ』に源義経が登場することだ。作中では「漂流物」「廃棄物」どちらの陣営に属するのか、向背定かならぬダークなキャラクターとして描かれている。
  しかし元来、義経は言うまでもなく大衆文化の代表的ヒーローであり、中には彼を盟主として豪傑達が一つになって戦ったら・・・という物語もあった。それが近世前期頃に成立したとされる語り物「義経地獄破」である。
  この作品については、絵本として仕立てられたものが、アイルランドのチェスター・ビーティー図書館に所蔵されており、現在では『甦る絵巻・絵本 (1)チェスター・ビーティー・ライブラリィ所蔵 義経地獄破り』として翻刻・現代語訳されている。もちろん目に鮮やかな絵本の彩色も復元されているので、興味があればぜひ手にとってほしい。また小峰和明氏、宮腰直人氏の解説・解題も詳細であり、本エントリも大いに拠っている。

義経地獄破り―チェスター・ビーティー・ライブラリィ所蔵 (甦る絵巻・絵本 (1))

義経地獄破り―チェスター・ビーティー・ライブラリィ所蔵 (甦る絵巻・絵本 (1))

  物語は、富士の裾野で修行者が異形の山伏と出会う場面から始まる。この山伏に、修行者は地獄に案内される。そこで義経・弁慶を始めとする主従一向に出会う。彼らは生前の罪で、死後も修羅道の苦しみに責められていた。この苦しみから脱するため、彼らは地獄攻めを談義していたのだ。
  まず正宗ら名だたる鍛冶を集め、地獄の釜の蓋を熊坂長範に盗み出させて、武具を作らせる。そして安倍仲麿(安倍晴明のこと)に吉日を占わせ、同じ責め苦に遭っている武者を引き連れて、地獄攻略戦を開始する。加わったのは木曽義仲楠木正成源頼政や四天王。迎え撃つは、酒呑童子を頭とした鬼ども。難なくこれを破り、さらに平重盛を筆頭にした平家武者も加わり、ついに閻魔の庁は陥落する。
  閻魔王を奉じた義経らは、地獄の領土分けも行い安泰と見えたが、日に三度、我が身から炎が吹き出るという苦患は消えず、王に尋ねる。すると罪は己の内側から来るので、いくら鬼共を討ち取っても苦しみは消えぬ。阿弥陀仏にすがって念仏を唱えよ、とのこと。納得した義経は、配下もろともその通りにし、無事極楽往生した。
  修行者はここで現実に帰る。実は浅間権現が山伏に化身して、修行者に夢を見せ、仏道修行の心の持ち方を説いたのだった。

  『ドリフターズ』ではパラレルワールドが舞台となっているが、そういった発想がなかった場合、時代の異なる豪傑たちを一堂に会させるための趣向として用いられたのが「地獄」という異界だったのではないか。事実、この「義経地獄破」の地獄攻めでは、朝比奈三郎の門破りや宇治川の先陣争いなど、軍記などで有名なエピソードが再現される。あの名場面をもう一度、ということだったのだろう。
  宮腰氏の解説によれば、中世末から近世にかけて、弁慶や朝比奈を主人公にした「〈地獄破り〉物語」の系譜があり、またこの「義経地獄破」より後、義経源平合戦の武者たちを率いて地獄を破る作品がいくつか登場したという。
  『ドリフターズ』は、作者の意識有無に関わらず、そういった大衆文化の系譜につながる作品に位置づけられるのではないか。

  なお、須永朝彦編のアンソロジー『書物の王国20 義経』にも本文が収められているが、別本らしく内容がやや異なり、こちらでは地獄がそのまま極楽になるという「可坊(べらぼう)な話」になっている。

義経 (書物の王国)

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  「義経地獄破」の本文はこちらからも読める。
音読・義経地獄破り
  義経伝説と異界はもともと関係が深いことについて。
義経の冒険 英雄と異界をめぐる物語の文化史 (講談社選書メチエ)

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