円城塔『道化師の蝶』

 読了日2019/12/02。

 伝説の多言語作家・友幸友幸の存在と、その痕跡を辿る翻訳者「私」の思考とが綯交ぜになって、メビウスの輪を見つめているような眩暈の中に引き入れられる。「仮説と対抗仮説が入り乱れて確定し難い」「繰り返し語られ直すエピソードが、互いに食い違いを見せるたび、文法の方が変化していく言語」など、書き方は明晰なのに中身を理解するのに時間がかかる論理的逸脱を含むジョークも楽しい。併録作「松ノ枝の記」は(実在の)ザゼツキー症例を梃子に、意外なトリックを仕掛けてくる。

 友幸友幸も、「松ノ枝の記」の「彼」も、実在するのか定かでないが、次々と発見(発表)されるテキストの中においてだけ現前する。この”謎の書き手”という形象と正体の探求というモチーフは、「つぎの著者につづく」のリチャード=ジェイムスや、『これはペンです』の叔父さんにも共通する。円城塔にとって”作者=匿名の書き手”というテーマは重要なもののようだ。もちろん現代文学にはピンチョンという実例がいるわけだが。言語実験と蝶との関連から、新井千裕『忘れ蝶のメモリー』も思い出した。