円城塔『文字渦』

 読了日2022/11/12。

 「昔、文字は本当に生きていたのじゃないかと思わないかい」という境部さんの言葉は、「文字の霊などというものが、一体、あるものか、どうか」という中島敦「文字禍」のリフレイン。中島は忍び寄る文字の霊の存在に気づいた人間サイドの話だが、本作は(恐らく)文字によって創られた様々な語り手達が主人公。インタビューで「小説は文字だけで構成された世界なので、そこに人物像を読み込むとか感情移入するというのはかなり高度な技術」と述べる作者は、文字列の向こうに透視されるキャラでなく、眼前の文字自体が語るような虚構を作り出す。

 キャラクターと文字については、例えば次のような発言を参照。

三人称がよくわからない。(略)「自分以外の人は本当にいるの?」って悩んだことがある人は三人称とか良く考えると思うんですけど、そういうの一切関係なく「え、人いるじゃん、あたりまえじゃん!」というところから始める人は、三人称は自然に受け入れられる。(略)でも「人っているんだっけ?」みたいなところから始まると、「目の前にいるのは文字じゃん」みたいなところから(中)考えなきゃいけないことになって(略)

出典:「SF企画 円城塔先生」