「アール・ブリュット」の衝撃

 先週6月30日、たまたま滞在先の大阪鶴橋のホテルで見たNHKETV特集「人知れず表現し続ける者たちⅡ」を見た。登場するのは郗万里絵・戸谷誠・平野智之ら三人の作者。いわゆる画壇で華々しく活躍する有名作家ではなく、それぞれが歩んでいるユニークな人生と一体化した形で、創作活動を続けている。彼らの作品は「アール・ブリュット」と呼ばれ、近年注目されているそうだ。

 art brutのbrutとは「生の」「加工していない」という意味。その意義については、次の二つが参考になる。

アール・ブリュットとは|ローザンヌ アール・ブリュット・コレクションと日本のアウトサイダー・アート |アール・ブリュット/交差する魂
アール・ブリュットとは
 アール・ブリュットとは、既存の美術や文化潮流とは無縁の文脈によって制作された芸術作品の意味で、英語ではアウトサイダー・アートと称されている。加工されていない生(き)の芸術、伝統や流行、教育などに左右されず自身の内側から湧きあがる衝動のままに表現した芸術である。フランスの画家ジャン・デュビュッフェ(Jean Dubuffet 1901-1985)によって考案されたことばである。

「芸術はわれわれが用意した寝床に身を横たえに来たりはしない。芸術は、その名を口にしたとたん逃げ去ってしまうもので、匿名であることを好む。芸術の最良の瞬間は、その名を忘れたときである。」

 芸術家ジャン・デュビュッフェの言葉は、アール・ブリュットの概念を総括する根幹としてとらえることができる。アール・ブリュットの作者たちは、あらゆる文化的な操作や社会的な適応主義から自由なのだ。彼らは精神病院の患者、孤独に生きる者、社会不適応者、受刑者、あらゆる種類のアウトサイダーたちなのである。
 これらの人々は、沈黙と秘密そして孤独の中、独学で創造活動を行っている。いっさいの伝統に無知であることが、彼らをして創造性にあふれ、破壊的な作品制作を可能にしているのだ。ジャン・デュビュッフェいわく、「われわれが目の当たりにするのは、作者の衝動のみにつきうごかされ、まったく純粋で生の作者によって、あらゆる局面の全体において新たな価値を見いだされた芸術活動なのだ」。

アール・ブリュット(art brut)は「障害者の芸術」ではない | KAIGO LAB(カイゴラボ)
 アール・ブリュット(art brut)という言葉は、フランス語で「生の芸術」を意味するものです。英語ではアウトサイダー・アート(outsider art)とも呼ばれます。アウトサイダーという言葉がネガティブに聞こえるため、あえてフランス語のアール・ブリュットが用いられることも多いようです。
アール・ブリュットは、世間一般には「障害者の芸術」という意味で考えられてしまいがちです。しかしこれは「介護=下の世話」というのと同じレベルで、大きな誤解です。本来は、この言葉自体が「障害者の芸術」という表現を否定する形で生まれたものだからです。
 アール・ブリュットという言葉は、西洋美術の価値観を否定したことで有名な画家、ジャン・デュビュフェ(Jean Dubuffet)が生み出したものです(1945年に友人に宛てた手紙の中で登場する)。
 デュビュフェは、それ以前は「精神障害者の芸術」と呼ばれていたものを、アール・ブリュットという言葉で塗り替えたのです。ここには、西洋美術の教育を受けたアーティストによる芸術を孤高として、障害者による芸術を、その下に見るような表現への怒りがあります。

 本来、アール・ブリュットという言葉は、芸術の価値を個人の属性で決めようとする美術界の価値観の破壊を目論む、非常に過激な言葉なのです。(中略)デュビュッフェ自身は、アール・ブリュットについて、次のように述べています。
「原初の人間の本質や、最も自発的で個性的な創意に負っている。完全に純粋で、なまで、再発見された、すべての相の総体における作者による芸術活動であり、作者固有の衝動だけから出発している。自発的なそして非常に創意に富んだ特徴を示し、因習的な芸術もしくは月並な文化に可能な限り負っていない。」

 「アウトサイダーアート」と言えば、生涯にわたり両性具有の少女の戦争物語を描き続けたヘンリー・ダーガーを思い浮かべる。
 高校生の時、『芸術新潮』で「アウトサイダーアート」の特集を組んでいたのを読んで衝撃を受けた。彼が書いた「非現実の王国で」は、小林恭二「小説伝」の老人の書いた長編小説のように、架空の国の終わりのない物語である。
壮大すぎた黒歴史…非現実の王国に生きたヘンリー・ダーガーの孤独な人生 - NAVER まとめ

 番組は三人の作家の製作現場や本人・周囲の人々へのインタビューからなる。
 何十年も一人の女性の絵に手を入れ続けている戸谷は、「人間の内部には湖のようなものがあり、それが枯れると死ぬ」という。絵を描くことは、彼にとってその生命の湖に触れ続ける行為である。
 鱸は自身の自殺未遂の経験を語りながら、どうせ人は死ぬのだから、取り合えず今日は死ななくて良いという。ペン先で何かを無限に刻み込むような点描から浮かび上がるのは、赤裸々な人の生殖の在り方。
 平野は律儀に自分の思考過程を実況中継しながら、同じようにかっちりした線で「土足」による外の世界への憧れを語る。
 彼らはなぜ描き続けるのか。番組から感じたのは、生き続けることと描き続けることが等価なのではないかということだった。

郗万里絵「終末」(2007)

 日本では、滋賀県近江八幡市にある「ボーダレス・アートミュージアムNO-MA」が中心的な役割を果たしているらしい。
NHK「人知れず表現し続ける者たちⅡ」で紹介されたKOMOREBI展の作者たち | ボーダレス・アートミュージアム NO-MA

評伝ジャン・デュビュッフェ アール・ブリュットの探求者

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アール・ブリュット

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