泡坂妻夫『写楽百面相』

 読了日2019/03/22。

 寛政の改革による贅沢禁止令で、芝居も文芸も浮世絵も弾圧を受け、江戸文化が委縮していた時代。

 『誹風柳多留』の版元の若旦那で、手妻使いでもある色男の二三は、失踪した想い人の遊女・卯兵衛の行方を求めて、彼女を囲っていた男の正体を探る。手掛かりは彼女が持っていた、一目見たら忘れられぬ異様な役者絵。

 やがて卯兵衛は死体で発見され、二三は蔦屋の手代・十返舎一九の導きもあり、江戸出版界のドン・蔦屋重三郎を中心にした起死回生のプロジェクト「写楽」が進行中であるのを知る。同時に「中山物語」なる極秘の小説が出回っているのにも遭遇する。それは帝の妻・月子が役者の菊五郎と不倫の恋に走った挙句、帝からの刺客に暗殺されるという大スキャンダルを描いたものだった。

 冒頭から濃厚な江戸情緒漂う文体で、作者の知識に圧倒されるが、物語の展開はハードボイルド(謎の女と秘宝の探究)である。文化人達のネットワークと物語の筋が、閉塞した時代へのプロテストというテーマに収斂していくのが見事である。

写楽写楽であり、すでに斎藤十郎兵衛でもなく北斎でもなく一九でもなく蔦重でもない。江戸町人を代表する心である。写楽が百枚の雲母刷大首絵を世に出したとき、江戸町人の心意気が、理不尽な公儀に対して勝利を収めることになるのだ。

 卯兵衛の死に関する悲劇を知った登場人物の一人、俵蔵(後の鶴屋南北)がつぶやく台詞もいい。

「芝居だと、これで終りにはならないんだがな」と、俵蔵が言った。「卯兵衛の魂魄はこの世にとどまり、その怨霊が自分を苦しめた男どもを次次と取り殺さなきゃ、どうしたって幕が降りねえ」

 こうして『東海道四谷怪談』は、ある女への鎮魂のために書かれたという伝奇的展開が来る(そういえば山田風太郎八犬伝』にも南北は登場したが、本作に馬琴は出ただろうか)。