文学

中島敦「巡査の居る風景」:意識されない支配の中で

辺見庸がブログで中島敦に触れていた。既に該当記事は消去されているようだが、中島が一高生時代に書いた習作「巡査の居る風景 ―一九二三年の一つのスケツチ―」についてだ。 ◎「巡査の居る風景」のことなど 「巡査の居る風景」よむ。またおどろく。たじろぐ…

山代巴編『この世界の片隅で』

広島市在住の高雄きくえ氏による「『この世界の片隅に』閉じこめられる日常」(『WOMEN'S DEMOCRATIC JOURNAL femin』2017/7/15)より。高雄氏は、広島で「ひろしま女性学研究所」を運営しているフェミニストである。 つながる/ひろがる/フェミ・ジャーナ…

ハンナ・アレント『人間の条件』

難解を以て鳴るハンナ・アレントの主著。現在ではドイツ語版に基づく『活動的生』も翻訳されており、先に出された英語版に著者自身が手を加えただけあって、かなり表現が分かりやすくなっているらしいが、今回は従来のちくま学芸文庫版による。活動的生作者:…

佐川光晴『牛を屠る』

この本を読み始めたきっかけは一本のテレビ番組である。 くまもと県民テレビ(KKT)製作で、日本民間放送連盟賞優秀賞も受賞した「現場発!第41回 “いのち”を伝える 元食肉解体作業員の挑戦」がそれだ。ここで登場する元作業員の坂本義喜さんは、現在は各地の…

トーマス・マン/渡辺一夫『五つの証言』

五つの証言 (中公文庫プレミアム)作者:トーマス・マン,渡辺 一夫中央公論新社Amazon1929年 トーマス・マン「マリオと魔術師」執筆、ノーベル賞受賞。 1930年 9月 ナチ党、国会選挙で12議席から107議席へと躍進し、第二党になる。 10月 マン、講演「理性に訴…

「カズオ・イシグロ 文学白熱教室」

ノーベル文学賞受賞に合わせて再放送されたのを見ることができた。 この記事は削除されました |NHK_PR|NHKオンライン 最初にイシグロは「私達はなぜ小説を読むのか」「自分はなぜ小説を書くのか」という、小説の存在意義を問いかけ、6つのテーマに沿って…

香月泰男「1945」「私のシベリヤ」

辺見庸『1★9★3★7』で引用されていた香月泰男の文章「私のシベリヤ」が収められた立花隆『シベリア鎮魂歌―香月泰男の世界』を手に入れた。 1969年、当時29歳だった著者が、58歳の香月の元へ足繁く通い、生い立ちから応召、シベリヤ抑留、帰国までを聞き取…

橋本治「誰が彼女を殺したか?」

橋本のこの有吉佐和子論は、個人的な交流のエピソードを交え、彼女の急死直後にマスコミで出回ったスキャンダル(「笑っていいとも!」テレビジャック事件のこと。現在ではテレビ局側の依頼によるヤラセだったことが分かっている*1)への反駁という形を取り…

徳永直「追憶」震災下の流言と虐殺

先日(4/24)触れた中島氏の文章は、熊本地震より前に書かれたものである。この時、関東大震災時と同じ醜悪なデマが出回ったことは、私達の社会に根深く巣食う排外主義を改めて意識させた(幸い現地でこのデマに動かされた人はあまりいなかったように思う。…

農業と文学

日本の近代っていうのは「個人が口をきいてもいい」ってことになったと青年達が思った時代だと思うんだ。それだから、みんな不器用に一生懸命口きいて“近代文学”なんてものが生まれたと思うんだけどさ、不思議っていうのは、ここに農民出身の作家っていうの…

中島京子「戦前という時代」

『朝日新聞』2014年8月8日より。適宜省略した。 私は、準備中の短編小説のために、戦後まもないころの出版物をあれこれ調べていて、プロレタリア作家・徳永直の「追憶」という文章に出くわした。「文藝春秋」1946年11月号に掲載されたその随筆は、敗戦…

久保田義夫「魂の中の死」―植民地社会の縮図

久保田義夫の作品集『魂の中の死』(1972)を読んだ。年末の古書セールで買ったものだ。奥付の著者略歴によれば1917年宮崎県生まれ、41年京城帝国大学法学部卒業後、47年ラバウルより帰還。59年に歴史小説集『黄色い蝶の降る日に』を刊行、『詩と真実』『九…

星野智幸「文学に政治を持ち込め!」(『図書新聞』)

小説家・星野智幸が青山ブックセンターで行ったトークイベントの記事が『図書新聞』2016年12月10日に掲載されていた。過去の読書記録を見ると、2006年に『ロンリー・ハーツ・キラー』読んでいた。当時まとめた作品の概要と感想を、多少改めて掲載する。 内容…

中島敦と軍歌

辺見庸『完全版 1★9★3★7』上を読んでいると、最初の方に「海ゆかば」の話が出てくる。筆者はその旋律に「なんかただごとではない空気の重いうねりと震え」を感じ、「ニッポンジンのからだに無意識に生理的に通底する、不安で怖ろしい、異議申し立てのす…

句会(2016・10・2)

親は親子は子で高きに登りけり 先師の六道詣り此方より 蟷螂が心の臓食む月の末 ガリレオの心動かす月今宵 いぼじりのかもとどかぬ鉄扉かな

句会(2016・3・11)

夕雨や二人静が序を踏みし 子猫らの生命荒ぶる古畳 川音をしんしんとかむ木の芽和え 桜湯の底に沈んでいることば サイレンを間遠に聞いてまた三月

句会(2016・11・5)

大銀杏城の根方にうつろ棲む 秋ぽかり昨日と今日の段差踏む 秋涼し「四月」のままのカレンダー 老木一人更地の庭に茸老ゆる 山稜の遠きを照らす秋日かな

三島由紀夫「花ざかりの森」の自筆原稿発見

以下は『朝日新聞』2016年11月11日の記事。 http://www.asahi.com/articles/ASJCC5G4VJCCULZU00C.html 作家・三島由紀夫(1925〜70)が16歳のときに初めて筆名で書いたデビュー作「花ざかりの森」の自筆とみられる原稿が、熊本市内で見つかった。原…

句会(2016・1・29)

季題は「初夢」。 初夢やノラにも吉や来るらん スニーカーどんどの灰を踏み均す うつつなく箸にかからぬ雑煮餅 罫線や去年の塵を払いのく くるくると傀儡繰る糸狂いつつ 最後の「傀儡」が新年の季語だとは知らなかった。角川書店の『合本俳句歳時記』にはこ…

加藤周一「それでもお前は日本人か」

加藤周一『夕陽妄語』で紹介されているエピソード。加藤は戦時中の日本を振り返って次のように言う。 昔一九三〇年代の末から四五年まで、日本国では人を罵るのに、「それでもお前は日本人か」と言うことが流行っていた。「それでも」の「それ」は、相手の言…

北京で発行されていた『月刊毎日』熊本市内の古書店で発見

以下は朝日新聞2016年1月6日の記事より。 http://www.asahi.com/articles/ASHDK6FCSHDKUCVL026.html 第2次大戦末期、日本占領下の中国・北京で刊行されながら、存在が歴史に埋もれていた日本語総合誌が見つかった。タイトルは「月刊毎日」。確認された計8…

戦争を個人の出来事に取り戻す

大岡昇平『レイテ戦記』が戦争を「兵士」の視線で描くことに徹しているという先日の感想を書いた後、それを補足するような西谷修へのインタビューを見つけたので、ここに紹介する。IWJ Independent Web Journal 2015.4.27から。 「自由」と「戦争」をめぐっ…

戦争を語る文体――大岡昇平『レイテ戦記』

大岡昇平『レイテ戦記』を読んだが、単なる事実の羅列ではなく、戦争を文学において捉えるための一貫した方法意識に貫かれているのに驚いた。 それは簡単にいえば「兵士」の目線で戦争を書くということである。自作を語った「『レイテ戦記』の意図」(『大岡…

断続的な自己

宇野邦一『反歴史論』は、第1章「反歴史との対話」で小林秀雄、レヴィ・ストロース、柳田国男などの客観的歴史に疑義を呈した人々の系譜を取り上げている。さらに第2章「無意識・映画・存在論」、第3章「歴史のカタストロフ」ではハイデガー、バタイユ、…

句会記録

季題は「かたつむり」。 でで虫やFausut(ファウスト)のまだ一行目 夜語りに祖母の隠した梅酒かな

句会第二十三回

季題は「柚子」。 妻病みて柚子は梢に暮れ残る 落葉寄せ小径はどこへ行ったやら 掘り立の藷を洗えばあかね色 郁子の実の種噛み当てた顔しかめ顔 「バカヤロー」念仏のごと舌凍ゆ

句会第二十二回

季題は「蟋蟀」。 蟋蟀や地球の影を仰ぎ見る(月蝕に) 曾祖母のここより嫁ぐ蔦紅葉 病棟の窓より高し秋茜 水澄んで豆腐の角も際立てり 佳き人を訪ねし後の金木犀

句会第二十一回

季題は「稲妻」。 いなつるび炉心に炎赤々と 蓑虫や昨日と同じ軒にをり 黒ぶどうむく指先の甘さかな 敬老の日にぢぢばばはスマホ買う 団栗が散歩のたびに増えている

句会第二十回

季題は「鰯雲」。 阿蘇谷の真ん中に立つ鰯雲 完全犯罪企むうちに休暇果つ まるまると肥えゆく猫と猫じゃらし 新豆腐あいつも結婚するってさ 秋燕祖父は比島にて死せり

句会第十九回

季題は「七月(文月)」。 文月や川面に流る朱に黄色 窓枠に倚りて手を振る林檎の香 子燕はパサージュ触れる高さまで 梅雨明くるわが子の補助輪取ってより 鬼灯に封じたものを覗く母